新宿御苑をぐるり一周してみて、木々のエネルギーと空の広さを満喫!【チャリンコ散策番外編】
昨日の気まぐれ散歩で端折りました、新宿御苑散策です。
下調べもせず、とりあえずぐるっと散策しました。
新宿御苑
本日は新宿門からの入場です。
気まぐれ散歩だったので、新宿駅南口から甲州街道をまっすぐ歩き、たどりつきました。下の図の左上が、新宿門です。
北エリア
目の前にどーんと広がる芝生と森と大きな空。ここは東京新宿ですか?と空を見上げてしまったよ。
どれどれ?
とりあえず外周を歩くとだけ決め、スタートです。
ここは異国なのだと思いました。
木々のエネルギーが違います。入場料500円以上の価値があることに感謝です。
秋咲の「子福桜」
秋に咲く品種の桜があることを知らず、ちょっと感動。
全体的にはこんな感じ。それでも、寒空の中での桜色の花は気持ちが明るくなるから不思議です。
旧洋館御休所
この道の先に温室があるのですが、皇族のみなさんが温室を鑑賞する際に休憩するために作られた建物。入口にある大きな木が印象的です。
登りやすそうな枝の張り方に、しばらく衝動を抑えることに集中しました。
温室
樹木は大好きなのですが、正直草花に興味はなくてですね、でも入ってよかったです。極楽浄土のような不思議な風景が見れました。
ちっさいお釈迦様が運動会してそうな葉っぱ。
あと、かわいいと思ったサボテン。イガイガ。とビックバードがサンバ踊ってるっぽい花。
温室から出た景色。
いつも見ているビル群の裏側に、こんなに大きな空が広がっているなんて、思いもよりませんでした。
智恵子に教えてあげたい、東京にも空はあったよって。
東エリア
温室の裏側の「大木戸門」を抜けると、木々が重厚になってきます。樹齢の表示はないのですが、歴史を感じるどっしりとした桜(ソメイヨシノ)と、赤松。そして、大きなイチョウの木が目に留まります。
庭園ではなく、一気に森の雰囲気です。
主道からの支道は舗装がされていません。自然の森っぽい!
玉藻池
池の周りの雰囲気は江戸の頃を想像してしまいます。
風景式庭園
ゆったり広がる芝生と、自然のままのびのび育った巨木が魅力です。
とにかく、空が大きい!木も大きい!ビルは小さい!普段ビル群の中で生活しているせいか、感動して心も脳みそも大解放!(何が)
整形式庭園
わたくし、先ほど草花にあまり興味はないと申し上げましたが、実は、バラは好きです。
110種150本の薔薇
定番の、情熱の赤いバラも好きですが、黄色と白色のバラが好きです。
プラタナス並木
このバラが植得られているゾーンの左右に、左右対称に植えられたプラタナスが160本植えられています。
落ち葉がたくさん!!!落ち葉を見ると元保育士魂が!
人目も気にせず、がっしゃがっしゃ落ち葉を蹴飛ばしながら歩き、その感触を楽しみます。すれ違う見知らぬ子どもがまねっこして楽しそう!女子だったので声掛けは控えましたが、一緒に遊んだ気分を味わってきました。ありがとー。
南エリア
ここまでくると、かなり休憩が欲しくなります。気まぐれに午後から来たのでゆっくり休憩している時間がありません。
南エリアはまたの機会にするとして、先を急ぎます。
スタバの横(裏?)の芝生には、中の池を眺めながら日向ぼっこする家族やカポーがたくさん。この奥には、こども広場と桜園地、モミジ山、ツツジ山、下の池があります。
モミジは赤かったのかな?こんど来よう!
西エリア
西エリアは日本庭園なので、木々の姿も雰囲気もガラリと変わります。
旧御凉亭に向かう橋からは、ドコモタワーが絵になります。
旧御凉亭
昭和天皇のご成婚を祝して、台湾在住の邦人から贈られた本格的な中国風建築。
新海映画の聖地でもあるので、ファンには有名ですかね。
もう、ここまでくると、足が限界!帰りのことも心配しなくてはと思い、他の「亭」は後日来ることにして、北エリアの新宿門へと向かいます。
ふたたび北エリア
陽がだいぶ傾いてきたので駆け足したいところですが、足を労わりつつのんびり歩きます。
途中、レストランゆりのきのメニューを調査しつつ。
テイクアウトして、芝生でのんびり食べたいです!森の幸エゾシカ肉のドライカレーを狙いますっ!
新宿門近くについたときにはもう、お日様もギリギリの状態でした。
閉園は16時です。戻り時間をお気をつけて。木々が大きいので夕暮れが早いです。
門を抜けると、いつものビル群。今までの壮大な森と芝生の風景はなんだったんだろうと、余韻さえ浸る間もありませんでした。
新宿御苑豆知識
江戸時代、徳川家康の家臣「内藤さん」が四谷、代々木、千駄ヶ谷、大久保までの一体を賜りまして、玉藻池のあたりに庭園を造ったことからこの土地の歴史が始まります。
その後、明治維新後は国営の農事試験場となり、農学校を開校。東京大学農学部、東京農工大学農学部の前身となりつつ、一方宮内省の御料地(皇室の台所)として、農産物の研究・開発も取り組む場になりつつ、明治39(1906)には、とうとう皇室の庭園にまで発展!大正時代は、皇室のゴルフ場とした一角もあり、国際外交拠点のパレスガーデンとなります。
国民公園となり一般公開されるようになったのは、敗戦がきっかけになります。東京都が都の農業科学講習所用地としてレンタルし、都立農業科学講習所高等部の一角として利用し、昭和24年に今の形となりましたとさ。当時の入場料は20円!
江戸時代、明治-大正-昭和の皇室といった歴史があるからこそ、なんだかとてつもないエネルギーが漂うわけなのですね。知らずに入って、びっくりしてしまいました。
また行きますっ!今度はチャリンコで!