Watana Bear's journey of life

旅するしろくま

朝の出来事「自分らしく生きる場所」

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 朝空写真を撮影した後、玄関を解放し一連のルーティンに入る。ふと、ベッドをたたもうと思った瞬間に小さな虫の羽音が聞こえた。
 わたしは昔から蜘蛛と鉢が大嫌いである。当然、平常心は保てなくなる。その羽音の正体がなんなのかわからないうちは、蠅だと思い舐めてかかる。殺虫剤の缶を片手に全神経を目と耳に集中させヤツを探す。ドラマで刑事が犯人を追い詰めるかのように、威嚇する。拳銃と同じで、殺虫剤は最後のとどめにしか使わない。無駄な殺生をしたくないというよりは、殺虫剤が床や家具が汚れるから嫌なのである。刑事も犯人を追い詰めた先が自宅ならば、血が飛び散るから極力発砲はしたくないなどと思うのだろうかと想像する。
 
 ロックオン!
 
 わたしの目がターゲットをとらえる。蜂もしくは虻と推測し、蠅ではないことを認識した。焦燥感がMaxに跳ね上がる。
 ドラマの刑事から一変、わたしは雑魚キャラが帰宅途中でヤンキーに出会った状態になってしまっている。もしくは、ファッションヤンキーが暴走族の群れと出くわした時、あるいは暴走族がパトカーと出くわした時と似ている・・・いや、最後のそれはちょっと違うような気もするが。
 とにかく、あのブンブンうるさい暴走族のような奴をなんとかしなければ、わたしの平穏な在宅生活が脅かされてしまうではないかっ!
 ヤツも若干パニックになっているらしく、羽音が高鳴る。逃げ場を探しているのだろうか、明るい窓辺へ移動しガラス窓をたたく。
「ちょ、ここどこだよ、わけわかんねぇ場所にきちゃったよ。やべーやつもいるし。なんだよ、ここから先になんで進めねぇんだよ!こんなところよりあっちの明るいところに行きてーんだよっ!」
 そんな悪態をついているであろうヤツを、窓ガラスとカーテンの狭間に追いやり、窓を解放する。
 ところが、我を見失っているヤツには周りを冷静に観察する余裕はないらしい。開けた窓の反対側のガラス窓に相変わらずブンブン殴りかかっている。カーテンで抑え込みながら、頼むから出て行ってくれと願うわたし。だが、冷静さを見失ったヤツには伝わらない。
 外の空気が一気に流れ込み、カーテンが押し広げられる。虫には、嗅覚や触覚はないのだろうか。こんなに外の臭いが入り込み、冷たい風も入り込んでいるのに。道が開けたことに気づかないとは、不思議である。
 もしかしたら、ヤツには光を感知する視覚しかないのかもしれない。そう思ったらヤツがかわいそうに思えてきた。たのむから自分の行き場所に帰ってくれ!オマエがしあわせに暮らせる場所はここではない。たのむっ!
 雑魚キャラだったわたしの役どころは、道をはずれたヤンキーが自分らしくいられる場所を見つけることを願う生活指導のセンコーに変わっていた。
 環境は整えてやった。あとは、自分で道が開かれていることに気づくのを待つだけだ。人も虫も自分が過ごしやすい場所を見つけるためには、それぞれ必要な時間が違うのだから。わたしは、パニックになっている奴の羽音を訊きながら珈琲を淹れ、その行く末をそっと見守った。
 ふとカーテン越しに戻ると羽音は消えていた。ようやく自分の道を見つけたようだ。よかった、しあわせに暮らせよ。そう願いながらカーテンを開け、淹れたばかりの珈琲を味わう。
 
 パソコンを開くと、すでに朝日記を書く時間がないことに気がづく。ちょっと残念に思えたが、一匹の虫が自分らしく生きる居場所を見つけるたことに、清々しい気持ちを味わえたのでヨシとしようと思った。
 わたしも気づかないところで、こうやって環境を作ってもらってきたのだろうと、人生を振り返り窓の向こうに見える空を見上げた。
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