Watana Bear's journey of life

旅するしろくま

食っていけるようになることと、名前が売れるということは別の話。

 在宅勤務中に、息子の部屋から口論する声が聞こえてきた。息子の相方とは6年近くの付き合いになるが、今まで大きな喧嘩をしたことは一度もなかっただけに、緊張してその声に聞き入った。

 駄洒落になるが、その内容はあまり無いようで、小学生の言い合いのようにも聞こえる。しばらく沈黙が続き、再び口論が始まった。さきほどと同じセリフが繰り返され始めた。

 ようやく、ネタ合わせをしていることに気づく。

 息子たちは事務所ジュニアの芸人であり、月に何度かネタ合わせをする。昔は内容や口調からすぐにネタ合わせをしていることに気づいていたのだが、今回は、あまりにもリアルだったために、すぐには気づかなかったのである。

 どんなネタなのか訊いてみると、それはお金を払ってくれた人にしか教えられないですね、と返ってきた。めんどくせーと思いながらも、ある意味一理あるなと思い、スケジュールを問い合わせたところ、このあとライブがあるということだった。その日はちょうど、業務が待機状態となっていたこともあり、さっさと定時で切り上げて急遽観覧に向かった。

 小さなライブハウスは、緊急事態宣言中のため客席は間引きされ、観客は数えるほどしかいなかった。この客数で投票したところで、順位もクソもないと思いながら、せっせと投票用紙の面白かった芸人名に丸を付けていく。

 息子たちの出番がやってきて、自宅で数回聞いた口論のシーンが登場。そこそこ会場から笑いが湧くほどネタとしても面白かったのだが、事前に口論の内容を聞いていただけに笑いは数倍増しになる。

 ランキングの結果はライブ終了後、ホームページに公表される。この手のライブのランキングは、ネタだけでなく集客数と出順も大きく影響をするので、一喜一憂するほど重要でもないのだが、自分の笑いの感覚を確かめるためにも、ランキング結果を調べてみることにした。ついでに、エゴサーチ的なことをしたくなったので、コンビ名を入れて検索してみる。

 検索1位は国語辞典の意味表示となり、2位でようやくM1の出場コンビ情報。続いて彼らのツイッターが出てくるのだが、慣用句をまじえたコンビ名にしたため、そのあとは辞書系サイトが連なるばかりである。

 個人名ではどうかと思い、フルネームで検索をかける。本人のツイッターがトップに表示され、続いて先ほどのM1の出場コンビ紹介、そして画像検索結果と並んでいた。さらにその下には、テレビ出演の検索結果的なものが並んでいた。テレビ情報サイトによる検索結果のようだ。ないとはわかっていても、え?あるの?と思ってしまい開いてみる。肩を落とす間もなく、表示されていた言葉は「該当する番組はありません」。知ってるよ。Google先生も人がわるいな、結果があるような言いぶりするなよ。

 

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 検索結果に出るということは、新聞やテレビ情報誌ラテ欄に名前が掲載されてなければならないのである。もしくは、放送内容紹介記事に名前が掲載されなければならない。

 芸人に限らず、エンタメ関係で活躍の場のない人の「テレビの仕事」なんて、ラテ欄や情報誌に名前が載る仕事はほとんどない。出演している本人たちがいつ放送されるのか、放送日がわかっても、出演部分の放送があるのかがわからないものである。

 ドラマ撮影に関して言えば、台本が渡されない彼らの名前は、スタッフロール最後の、流れるように表示されるちっさい名前の群衆にさえ載らない。しかも撮影中の本人たちが、何話のどのシーンを撮影しているのかを把握することは不可能に近いので、放送チェックのしようがないのである。

 出演しているのかいないのかわからない放送を、目を皿のようにしてみる。いるとわかって探すウォーリーの方が容易である。

Newウォーリーをさがせ!

Newウォーリーをさがせ!

 

 

 息子の近況を尋ねられ、コロナでライブはほぼないが、テレビの仕事はぼちぼちあると言うと、いつ放送があるのかと声を弾ませて訊かれてしまう。すぐに弁明しなければならず申し訳ないことになる。

 テレビの仕事でもテレビに映らない仕事はたくさんある。前座なんてのはある程度力量が必要になるので、ジュニアに振られる仕事は大抵テレビ番組のリハーサルのリハーサル。出演者抜きの「スタッフによるリハーサル」で、撮影進行やカメラワークなどのシミュレーションに、出演タレントの代理役として参加するのである。番組によっては、深夜になることもある。参加型の仕事と言えば、番組観覧やエキストラという一般人と同レベルのものもある。

 もっとも最悪なのは、ギャラの発生しないオーディションである。事前に答えておいた番組からのアンケートで選考され、ほぼ突然呼び出される。バイトに穴をあけて出向いたところで、スタッフから無理難題なリクエストに、否応なしに応えなければならず、ギャラなし、バイト代なし、メンツなしの無いこと尽くしの1日となる。

 

 こんな生活はこの先いつまで続くのだろうか。どこかで踏ん切りをつけるのだろうか。テレビに出る機会が少なくてもコンスタントに収入のある、いわゆる「無名でも食っていける芸人」になるのだろうか。先の分からないこの状態に、コロナ禍というあおりもあって、油断すると気がめいりそうになる。ただ今は、息子たちが面白ければ、うまい酒が飲めるってことだけは確かだ。

 最近では、売れるというあいまいなテッペンを目指して不健康になるよりも、楽しく生きてソコソコ食っていければそれでいいのではないか、そう思い始めている。

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