言葉通りに受け取って失敗した思い出「床屋さんごっこ」
先日、幼少期に育った街を探索してきました。
探索の途中で確かめたいことがあり、母にLINEをしたのですが、今でもよほど強烈に記憶に残っていると思われる出来事に話が逸れていきました。
フミちゃんは、ストレートのきれいな黒髪の女の子でした。ある日、わたしの家でフミちゃんと床屋さんごっこをしていました。フミちゃんが床屋さん、わたしがお客さんです。私はその時、床屋さんに行ったことがありませんでした。床屋さんが髪を切るところだということを、彼女から教わったように記憶しています。
フミちゃんは、お父さんに連れて行ってもらったことがあるのか、床屋さんはね、おひげも剃るのよといって、わたしの頬を剃る真似をしました。小さな手で不器用に何度も頬を撫でられると、少しくすぐったくて、早く終わらないかなと思ったものです。
はい、おわりでーす、ありがとうございましたー。
フミちゃんがそういうと、今度は私が床屋さんで、フミちゃんがお客さんになるといいます。私はフミちゃんがしたようなことを思い出し、何となく真似を始めます。
バッサリ切ってください。
そういわれて、わたしは、本当に切るの?と問いかけます。
いいよ、切って!バッサリ切って!
幼心に、本当に髪の毛を切ってしまうことはいけないような気がしていたので、もう一度確かめます。
早く切って!
そういってフミちゃんは、ハサミを私に渡します。
だって、本当に切ってって、フミちゃんが言ったから。そう、何度も心の中でつぶやきながらフミちゃんの髪を、”本当”に切ってしまったのです。
黒いサラサラの髪の毛が、工作バサミで不器用に切られて行きます。ジョキジョキと切られたその髪は、同じキレイなフミちゃんの黒髪ではなく、どこか忌み穢れた黒い物体になってしまっていました。
あぁ、さっぱりした。ありがとう。
そういって、フミちゃんが扮するお客さんは店を出て、床屋さんごっこは終わりました。
フミちゃんの体から離れた黒い残骸たちが、私を責めているように思え、赤いポッキーの箱の中にしまいます。
フミちゃんとバイバイした後、フミちゃんのお家から電話がありました。
だって、本当に切ってって、フミちゃんが言ったから。
そんなことが大人に通用するわけもなく、母は平謝りし、後日お詫びの髪飾りをもってお詫びにフミちゃんの家に行ったのでした。
***
その後、この件に関して、フミちゃんとどんなやり取りをしたのかは記憶に残っていません。ごめんねと誤ったのかどうかも、フミちゃんに攻められたのかどうかも、まったく記憶にないのです。
記憶に残っているのは、母がフミちゃんに買った髪飾りが、色とりどりにキラキラしたビーズの髪飾りだったということだけ。
私にはそんな髪飾りを買ってくれたこともないのにと、どこか嫉妬めいた感情だけが胸の奥に残っていました。
いまとなっては、すべてが「ごっこ遊び」のやりとりで、私だけが「真に受けていた」だけなのだと気づきます。「だって、本当に切ってってフミちゃんが言ったから」と思っていたのは私だけで、フミちゃんにとっては、”お客さんが「切って」と言った”に過ぎなかったのかもしれません。
空気を読む、読まないの時代になる前の、ずっと前。わたしは、言葉の読み方さえ上手にできなかった子どもだったのです。