自分の型を作ってきたものたちを、処分した後に残った自分の型
前に書いていたブログを閉鎖しました。その中から、残しておきたい記事を移植しました。葬り去った趣味・楽しみ・勉強していたことで、夢中になっていたモノの一部を処分した時の「そのモノたちへのレクイエムのような記事」です。
生きてきた証を残したい、というか、成長の記録に残したく、原文をそのまま移植しました(HNのみ変更)
その後、本棚の中のものも、押し入れに隠し持っていたものたちも断捨離され、現在は数冊の本と、古い日記だけが残っています。
絶賛、只今処理中ですが。
あ、タロットカードやオラクルカードを2〜3個残してあります。占い師になるつもりはありませんが、今後旅をして生きていくようになったときに、旅先で出会った人たちを占うことで、酒の場が盛り上がればいいな的な、アイテム。だから、もちょっと勉強します。
最後の最後まで捨てられないものは、思い入れの強いものだから、潔く捨てるというよりは、思いを昇華させてから処分するといった感じです。
自分の型を作ってきたものたちを処分した、その後でも残っているのは、本当の自分の型なのではないだろうか? いっそ、それすら処分してしまえば、違う何かが見えてくるのかしら。
持っているものを全て出し切ったとき、新たに入ってくるものは“豊さ”である
— わたなべあちこ (@clara_stoopman) 2020年5月5日
...φ(・Å・´*)